手帳会議が苦手なので、手帳会議を楽しむにはどうするか考える回💪

この記事の目的

どうせやるからには楽しみたい

万人が万人そうでは無いと思うんですが印象だけでいくと「みんな手帳会議めっちゃ楽しそうにやってね?」って感じるんですよ。

それがねー、なんというか。そう。ギャップ?🤔  私にとって、手帳会議はつまんないわけじゃないんだけど「それそんな楽しいものだったっけ?」っていう感覚なんですよね。できれば最終的に納得できるような理屈を見つけて手帳会議が楽しめるマインドにもっていくのがこの記事を書くことのゴールです。

手帳会議の苦手を探る

変化がなくて「あれ?」となる

思い返せば今年の9月に手帳会議したんですが、この時の手帳会議っていつもと様相が違って使う目的があったわけじゃなくカバーが欲しくて手帳を買いたかったんです!←まさかのデザイン先行 なので手帳に何を書くかを後付で行った回だったのですが、めっちゃ新鮮で、妄想が楽しかった!!!😚 用途は全然解決しなかったけど!←だろうね。

いつもの手帳会議だと現行で続行!という結果になるので「あれ?この時間なんだったの?」となることが多いから手帳会議をしようという思考にならないのだとおもうんですよね🤔

不満がない

手帳会議ってものすごく重要じゃないですか!使い方をアップデートして洗練させていく上で見直しってまじで大事だから。しかしながら私今十分に手帳の効果を実感しながら生きているので今以上となると謎にハードルが上がってるのですよね😅

手帳に不満とか無い。むしろ感謝しか無い。

苦手意識の原因を分析

悩んでないひとが悩むという矛盾

会議するにはまず悩みが無いと駄目ですからね。問題が無い時に問題を見つけ出すって実は一番ムズいんかも。

悩まないように立ち回っているから、自ら悩みにいくというフェーズが意味不明だなって思って。多分私はド単純で反芻思考が備わって無いから悩むフェーズめっちゃ少ないんだと思うんだよね。感情処理はもろ得意なんで😙 どちらかというと感情的悩みより、根本解決に対する優先順位の方が高いから欲求が明確になった段階で解決策見えてて悩む段階がすっ飛ばされちゃうのかな?謎。

許容範囲が広い

私は手帳に限らず買ったものって無条件に愛しちゃうんですよね。大体機能なり見た目を気に入ったもの買うから。手帳会議に至るはずの不満点が出てこないのかも。多少使い勝手に何か思ったとて活用の最大化をめざして意思を決定し、使い方を固定、フォーマットに慣れて習慣化したほうが効率的ってなっちゃうんですよね。ペンとかも最初「あれ?もしや書きづらいかも?」って思ってるのに次の日にはもう何も思ってない←ド単純 使ってりゃなんとかなるっしょ精神

原因と向き合ってて思ったんですが、手帳会議すると高確率で書くことと記入場所が変わるじゃないですか。それを恐れているのでは無いか?という気がしてきた。

変えたくない理由を深堀り

検索迷子になる

書き方を変えるとなると、いつもあるところにあるものが無い状態になりますよね。それはちょっと困るかなー・・・書く場所を変えて慣れるにしても頻度高めに変えたら期間ごとに「あれ?あの情報どこ?」ってなって長期タスクの総所要時間計算できないな。時間効率がだだ下がりかも?🤔 余計な時間がかかるのは話変わってくる。

データの信憑性があやしくなる

能率分析のためにライフログを取ってるからデータの記録をサボったり、項目とか書き方を変えてしまうと途端に効果が見込めなくなるよね・・・📈 反省の時に検索できない情報とか、精度が悪いデータってただのゴミみたいなもんだし使えないデータ収集する趣味無いという💩

同条件比較ができなくなる

フォーマットを固定しておけば慣れた作業は「あれ?!今回、いつもより時間短くない?」っていう絶妙な変化に気づくんだよね。もちろん作業漏れがあるから短くなっているんだが・・・。(迂闊)私蓄積データ多くてかなりのアドだから捨てる理由がな。無い😂

成長を実感できなくなってしまう

正直これが一番大きな理由なきがしてきた。成長の実感って定量的観測は絶対条件だもの。私にとって手帳って成長記録のような位置にあるのかもしれない。条件や書き方を変えると都度考慮項目が増えてしまって自分の成長が実感できない上に、自己効力感の観測機会が減ってしまう・・・🫢

成長の実感もですが、自分で決めたことをきちんと守ってやり遂げることができるという自己効力感にまさる喜びを上回るものが無いからなー。自分の実力が上がって結果でたときの達成感が半端ないですよね👍 この時のために一時の面倒な気持ちとか無視できる。やめたくなるときの感情を通り越した後の喜びって何倍も大きいという経験則が行動し続ける原動力になってるんだなぁ~☺️

 

時系列という最強機能が失われる怖さ

私の場合は最大5年間の定量的な目標があるから、それを分割し逆算して予定や計画に落とし込んでるですよね。もし、不用意に年度の途中で書き方を変えたり、別の手帳に移動しようものなら予め手帳に備わっていたはずの時系列という最強の連携機能を全部ぶち壊す行為に相当するという!!!

目的が根幹から変わらない限り使い方を変更する労力を考えると使い方を年度の途中で変更するってデメリットがやたらと多いと感じてきてしまった・・・。むしろ気づけてよかったやも😭 だから無意識的に手帳会議を回避して、余計なものは含まないというルールで運用しているのですね。納得。

むしろ真剣そのものだった

現在位置と目的の再認識

書き方を変えたくないから手帳会議に意欲的じゃなかったってことがよく理解できたかもしれない。手帳会議を楽しむのは苦手だけど、やらないのも違うので最低年1は開催しないとなと思っています💪(腰重すぎるだろ)

私にとって手帳会議は保険料見直しみたいなものだったんだね。楽しくないわけだわ。でもめっちゃ大事。

支障の無い範囲でたまには味変も試す

基本使い方は変えたくないですが、可読性を高める工夫や、労力を削減する方法などは模索してわずらわしいものをなくすのを心がけたいって思った😚

新商品が今を上回る可能性も無くもないもんね。でも私拘りは強いけど、結構無いなら無いなりにそれに合わせて「あー、自分成長してるわ!」っていう変化も好きだから条件下によっては変化も問わない気概みせていきたいわ(誰にだよ←未来の私に。)

結論

普段から一生思考してるけど、楽しさを追求するのすらも楽しいですね。これは悩みってより欲に近いですよね。成長欲求。

手帳会議会議したったわ。っていう達成感だけはある。

手帳会議の時間を目標達成に使うことにする

私にとっては手帳は理想実現のための道具であり手段なので、手帳のことで頭悩ませてるその時間を目標実現のために行動に充てる方が重要って考えることにします。手帳会議は株主総会みたいな感じでやろうかな。去年はどうだった?今年はどうする?みたいな。年1の一大イベント。

というわけで大長編の手帳会議苦手勢の戯言でしたー。実のない会議は嫌いだけど反省会はたのしー!だって成長とか改善のための一歩ですもんね。アウトプット大好きー。